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大手、ベンチャー、外資。縁を繋いでたどり着いた社労士法人の代表というポジション
~社会保険労務士法人G.C FACTORY代表社会保険労務士 竹知彩乃の4つのターニングポイント~

はじめに。

「運とご縁のおかげも多分にありますが、今振り返ると医療専門の社労士の道に、導かれるように繋がっていました」

そう語るのは、大手国内製薬会社(MR)から医療系ベンチャー、そしてBIG4系ファームの労務サービス部門を経て、現在は社会保険労務士法人G.C FACTORYの代表を務めている竹知さんです。
「医療」×「労務」の軸で専門性を磨いてきた彼女のキャリアは順調かつ一直線に見えますが、むしろ節目ごとに悩み、迷い、時に遠回りもしています。
G.C FACTORYグループへの就職を考えている人はもちろんですが、キャリアに悩んでいる方皆様に読んでいただきたい、そんなインタビューです。

大手、ベンチャー、外資。縁を繋いでたどり着いた社労士法人の代表というポジション

新卒で国内大手製薬会社へ。「全国の同期で一番の…退職!」

彼女が新卒で選んだのは、製薬会社のMR職でした。きっかけは、同じくMRとして働いていた父親の存在です。幼い頃から薬に詳しい父親の姿を身近に見てきた彼女は、その背中に憧れ、自然と「自分も薬に関わる仕事がしたい」と思うようになったといいます。 そして就職活動を積極的に取り組み、第一志望だった製薬会社への入社を果たします。入社時は「女性初の営業所長を目指す!」と語るほど意欲にあふれていました。しかし、実際に現場に立ってみると、理解していたはずの仕事に、想像とは異なる“もう一つの顔”があることに気づかされます。

大手の製薬会社のMRって、“完成された仕組み”の中で仕事をするんです。会社が注力製品を決めて、薬価は国が決めて、売り方には業界のルールがある。しかも、その製品のことを自分より医学に詳しい医師に提案しないといけない。自分ではコントロールできない要素が多い環境で、その枠組みの中で営業力を磨き、成果を出し続けて「組織の階段を上っていく」道もあります。

それが向いている人もいると思うのですが、私はだんだん、完成された仕組みを『回す』ことよりも、たとえ未完成であっても自分の手で何かを『創る』側へ進みたいと感じるようになりました。もちろんこの枠組みの中で工夫をして成果を出している方も多くいますし、もっと挑戦すべきこともたくさんあったと思いますが、「もっと自分の力を試したい」と感じ、全国の同期の中で一番に退職をすることを決断しました。

医療ベンチャーへの転職で大きく開いた視界。そして「その後のキャリアを変える大失敗。」

製薬会社での経験を経て彼女が新たな挑戦の場として選んだのは医療系のベンチャー企業でした。創業間もないフェーズで、社員は代表を含めて3~4人。大企業とはまったく違う環境に、半ば飛び込むような形だったといいます。

正直、同じ製薬会社から医療系コンサルや会計事務所に転じた山口さんや金子さんのように、「これをやるんだ」っていう明確な目標があったわけではありません。将来、ライフイベントでどこに住むことになっても仕事を続けられるように、「場所を選ばずに働ける力を養う」という軸で次のキャリアを探していました。

完成された仕組みの中で働くのではなく、一から創り上げる経験ができるベンチャー。 そして、これまでの知識も活かせる医療領域であり、力をつければ場所を選ばずに働けること。これらを満たす環境として、彼女はまずは医療系記事のライターとして応募し、内定を得ます。ところが、入社後の体験は、当初の想定を良い意味で大きく裏切りました。

入社してみたら、想像以上に色々と任せてもらえました。最初は「良くできているね。それならこれもやってみて」という感じです。一つ一つ期待されていることに応えていくと、少しずつ任される範囲が広がっていって、「私は意外とこれもできるんだ」って分かってきて、そうすると、どんどん仕事が楽しくなっていきました。

ベンチャーって、手順とか枠組みが整っていないことが多くて、「やり方は竹知さんに任せるね」や「どう進めたほうが良いと思う?」って言われる場面があります。私はそれが嫌じゃなくて、むしろ自分で考えて、自分のやり方を提案できる、そういう余白が楽しかったです。それに、躓いた際も、経営の意思決定をしている代表の方にすぐに相談できて、判断が早い。そういうスピード感もとても刺激的でした。

評価されるにつれて、彼女の担当領域は広がっていきます。ライターにとどまらず、マーケティング、営業、事業開発、さらには大学の学長や教授クラスの医師と会社のリレーションを構築するような役割まで、必要なところに入り込みながら仕事を前へ進めていきました。
代表を含めて3~4人だった組織は、気がつけば100人規模へと成長。そんな中で、彼女の価値観を決定的に変える“忘れられない案件”に出会います。訪問診療クリニックの支援プロジェクトです。

代表から、「医師と一緒に訪問診療のクリニック作るから、立ち上げと運営全般を任せるね。」と言われました。当然経験は無かったのですが、これまで同様、分からないことがあったとしても調べながらでもやってみよう感覚でプロジェクトを進めていました。

ここでも、立ち上げ、営業、採用、マーケティング、経理、労務、行政手続き、法人設立、分院展開など、幅広い業務を担当していて忙しかったのですが、優秀な院長先生の元、患者さんはどんどん増えていき、クリニックは他に例が無いくらい急成長をしていました。自分の仕事が評価され、信頼している先生と一緒に成果を出しながらどんどん先に進んでいる日々はとても楽しかったです。

そんな時、クリニックの拡大に伴い、運営チームの増員をした際に、医療コンサルの経歴がある人から労務に関して話しかけられました。

コンサル「○○の手続きってしていないのですか?」

竹知「・・・。○○って何ですか?」

コンサル「今回の事業だったら、○○が絶対有利ですよ。手続きしていませんか?」

竹知「はい。していないです。ではこれから急ぎ手続きします!」

コンサル「いえ、これは△△のタイミングまでに手続きしないと駄目で後戻りできないのですよ。」

竹知「え・・・。」

チーム一丸となって積み上げてきた成果が、たった一つの『知らなかった』という事実だけで毀損されてしまう。その損害額の大きさを知った時、私は愕然としました。

急成長中で状況が刻一刻と変化するフェーズにありながら、当時の私たちは専門家との関わりを『点』に留めていました。独占業務に抵触しないよう、スポットで依頼するだけ。分からないことはその都度調べれば解決できる。当時の私は、それで十分事足りると思い込んでいました。

しかし、この失敗で痛感したのは、『そもそも何を調べる必要があるのかさえ分かっていない』という無知の恐怖。

検索すれば答えが見つかる時代ですが、『検索すべきワード』自体を知らなければ、基礎知識さえも持っていなかったら、そもそも選択肢を持つことができない。また、単に知識を持っているだけでなく、事業の状況を理解し、問題が起こる前に「リスク」や「打つべき手」を提案できる存在こそが事業には必要だと感じました。

だからこそ専門家がいるのだと痛感し、専門家になろう、特に、知識不足によって失敗した労務の勉強をちゃんとしようと思い、次の決断につながりました。

社労士としてBIG4へ。「敢えて自分にとっての「飛車」「角」抜きでの勝負」

彼女はその出来事をきっかけに、勉強を始め、社会保険労務士の資格を取得します。
ただ、資格を取ったからといって、すぐに実務で通用するわけではありません。そこで彼女は、7年間お世話になり、創業期から一緒に駆け抜けたベンチャーを離れ、実務を体系的に鍛え直す環境へ身を置く決断をします。

そして選んだのは、BIG4と呼ばれる世界的なプロフェッショナルファームの一角であるPwCです。経験ゼロに近い状態から、あえて難易度の高い場所へ飛び込む——その選択は、彼女らしい“挑戦の仕方”でもありました。

PwCというブランドそのものにも魅力を感じていました。それに加えて、あえて「自分の得意技が封じられる環境」に身を置いてみよう、という気持ちでした。

私はこれまで、「医療分野の知識」と「コミュニケーション」の2つを武器にしてきたと思っています。正直、少し分からない仕事であっても、その2つを活かして何とか乗り切れてしまうこともありました。でも、そういう“立ち回り”ではなくて、労務の専門性そのもので勝負したかったんです。

PwCだと、お客さんとのコミュニケーションは英語になるので日本語のときのようにはいきません。案件の業種も医療だけではなくて様々です。だから、今までのように “人と人との関係性”や“医療の土地勘”だけで何とかするのは通用しない。社労士として優秀にならないとちゃんと評価されない。そこが、私にとっては魅力でした。

コミュニケーションと医療領域の知識、これまで培ってきた武器を使えない環境であり、かつハイレベルな企業で未経験の労務業務。そして彼女はここで、人生で初めての挫折に近い体験をします。

正直、これまでの自分の常識が全く通用しなくて、悔し涙を流すこともありました。やはり、PwCでは、ベンチャーの時とは仕事のやり方が180度違いました。

ベンチャーでは、トライ&エラーが前提で、「まずやってみよう」「失敗してもいいから前に進めよう」みたいな空気があります。でもPwCは、背負っているブランドの大きさが違う。また労務という職種の特性もあり、求められるのは、とにかく「ミスしないために何をするか」を突き詰め、ミスが起こる可能性を論理的に排除していく頭の使い方です。そこにまず、私が全然追いつけなかった。

加えて、私は前職の癖で、ついつい「これもやってあげたら喜ぶかな?」と、受注している範囲を少し超えたアドバイスをしてしまいそうになるんです。でも先輩からすると、「それは業務外だよね」ってなります。ベンチャーの時は、多少のミスがあっても、いろいろ動いて、ギブの総和で期待値を超えれば良かった部分があったけど、PwCは違う。
「100点を期待されたら、100点を確実に出す」が前提で、そこにブレがあるとダメなんだと痛感しました。

さらに、文化だけの問題ではなくて、単純に労務の知識も圧倒的に足りていなかったです。周りの先輩・同僚は本当に良い人で、強く叱責されたりということはなかったですが、だからこそ逆に、『それも分からないの?』という、がっかりさせてしまった空気が、自分の不甲斐なさが、心に刺さりました。

知識面も、期待値も、仕事の進め方も、あらゆる面で違う環境の中で、最初は打ちのめされていました。でも、前職で失敗した時の方が辛かったですね。
「もうあんな失敗はしたくない。だからこそ、こういう環境を自分で選んだんだ」って思っていました。

だから、とにかく知識を身につけることに必死でしたし、仕事の回し方も、まるで新卒社員になったような気持ちで、上司やクライアントが何を求めているのかを先に確認する、進め方を合意する、適切に相談・報告することを意識していました。仕事の基本の基本からやり直して、クライアントに求められている100点を、ちゃんと100点で出せるように集中していました。

やがて、彼女には変化が訪れます。信頼が積み上がり、上司から仕事を任せてもらえるようになりました。悩みながら試行錯誤して努力を重ねた結果、大きなミスでトラウマにすらなり得た労務という仕事が、彼女にとっての3番目の武器になっていました。

社労士法人G.C FACTORYの代表へ。「今度は組織を作る側へ。」

その後、彼女は現在の環境へ移ります。元々、独立志向があったわけではなく、縁が彼女の背中を押しました。

PwCで労務の知識に一定の自信は持てるようになったのですが、PwCに残るか、別の道を進むか悩んでいました。本来私は、医療の領域でコミュニケーションや適応力を活かしながら仕事をすることがやりたいことでもあったので、労務の専門性を活かしつつ、医療に再び携わりたい気持ちがありました。 その時に、G.C FACTORYに声をかけてもらいました。法人の代表になることに少し迷いもありましたが、家族が、「そういう経験も面白いし、やってみるべきだよ」と背中を押してくれて、決断しました。

家族の支えもあり、法人の代表へと就任が決まりました。

そして、これからは今まで経験したことの無い、組織を作ることへの挑戦が始まります。

ベンチャーでは、適応力とスピード感がある働き方が求められ、大きな失敗もしました。PwCではプロフェッショナルとして、ブランド守る働き方を求められて、最初は挫折もしました。そして今になって振り返ると、新卒の私が大きな失敗もせずに働くことができた製薬会社も、社員を守る素晴らしい仕組みだったのだと思うようにもなりました。

よく、「大企業とベンチャーのどちらが良いか」というのが議論になりますが、私は規模だけでは語ることはできず、業種や職種、更には1社1社の文化やシステムまで踏まえて検討してみるとよいと思っています。そしてどの規模、業種、職種、文化が合うかは人それぞれなのかなと思います。

社会保険労務士法人G.C FACTORYは、縁あって大手、ベンチャー、外資と経験した私が代表を務める法人ですので、どのような方が働くことになっても、ある程度は気持ちを汲み取ってあげることはできるかなと思います。これからきっと多くの仲間に入っていただくことになりますが、少しでも多くの人に「社会保険労務士法人G.C FACTORYで働いてよかった」と思っていただけるようなチームを作っていき、グループの仲間と業界の一番を目指して頑張っていきたいです。

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